2026-07-11
夕刊
文化第17号

「乗用車」として輸入され、上陸後に座席を捨てた貨物バン

チナミニチンチラが読み上げます(4分6秒)

自動車を海外から輸入する際、乗用車とトラックとでは関税率がまったく違う、というのはさほど珍しい話ではない。多くの国で商用車と乗用車には別の税率が課される。ただしアメリカの場合、この差がとんでもなく極端で、輸入トラックには実に25%もの関税がかかる。乗用車ならわずか2.5%で済むのに、その10倍だ。この「チキン税」と呼ばれる関税は、1960年代にヨーロッパが米国産の鶏肉に高関税をかけたことへの対抗措置として始まったもので、半世紀以上前の報復関税がいまも生きている制度である。フォードのような世界的な自動車メーカーであっても、これを正面から払い続けるのはさすがに割に合わない、という水準の負担なのだ。

ここでフォードが選んだ抜け道が振るっている。トルコの工場で作られた商用バン「トランジット・コネクト」を、そのまま貨物用として輸入せず、わざわざ後部座席・窓・シートベルトを取り付けて「乗用車」に仕立て上げ、その姿のまま通関させていたのだ。乗用車として認められれば関税は2.5%で済む。そして首尾よくアメリカに上陸したあとは、ボルティモアにある提携施設へとバンをそのまま送り込み、後付けした座席とシートベルトを外し、窓はふさいでパネルに交換する。晴れて本来の貨物用バンの姿に戻していたわけだ。取り外された座席とガラスはシュレッダーにかけられ、リサイクルに回されたという。つまり通関書類の上でだけ「乗用車」が成立していればよく、実物の座席が本当に乗客を乗せるかどうかは、最初から誰も気にしていなかったことになる。

つまりこの座席たちは、乗客を一人も乗せることなく、関税をごまかすためだけに大西洋を渡り、上陸後わずか数日で用済みとして解体される運命にあったわけだ。実際に人が座ることは最初から想定されておらず、米司法省の資料でもこの座席は「本物ではない仮の後部座席」であり「乗客を運ぶために使われたことは一度もない」と表現されている。書類上だけ存在する乗用車のための、書類上だけの座席だったということになる。輸入されたバンの台数を考えれば、同じ運命をたどった座席とシートベルトとガラスは、決して少なくない数にのぼったはずだ。一台の車のために、大西洋を往復させてまで座席だけを使い捨てにするという発想そのものが、関税という制度の境界線をどこまで厳密に定義するかをめぐる、企業と国家の駆け引きの産物だとも言えるだろう。

ちなみに、

この手口はやがて米税関国境警備局への虚偽申告として問題化し、フォードは米司法省の追及を受けることになった。最終的にフォードは3億6500万ドルという巨額の和解金を支払うことで決着している。座席を取り付け、外し、シュレッダーにかける――そのすべての手間とコストを踏まえてもなお得だと見込んだはずの節税策は、結局もっと高くつく請求書となって数十年越しに戻ってきた格好だ。関税という数字ひとつの差が、実在しない乗客のための座席をわざわざ作らせていたのである。

朝刊
科学第16号

一撃で「太陽の表面」と同じ温度になる小さなエビがいる

チナミニチンチラが読み上げます(4分59秒)

太陽の表面温度はおよそ5772ケルビン。地上でこの数字に近づけるには核融合炉クラスの巨大な装置が要る、というのが一般的な感覚だろう。ところが、体長わずか数センチの小さなエビが、水中でハサミを一回閉じるだけで同じ温度域に瞬間的に到達しているとしたら、にわかには信じがたい。

主役はテッポウエビ。名前の由来通り、片方だけ異様に発達した巨大なハサミを高速で閉じることで「パチン」という鋭い破裂音を放ち、獲物を気絶させたり撃退したりする。この音の正体は長らくハサミ同士がぶつかる衝突音だと思われていたが、実際に起きているのはもっと過激な現象だった。

ハサミが閉じる瞬間、その隙間から水が超高速で噴き出し、水中に小さな気泡を作り出す。これはキャビテーション・バブルと呼ばれる現象で、局所的な圧力の急低下によって水中に一瞬だけ真空に近い空洞ができるものだ。船のスクリューの周りでも起こる、本来は大がかりな機械でしか作れないはずの現象を、筋肉で動くただの一対のハサミが引き起こしている。この泡は生まれた直後に周囲の水圧に押し潰され、急激に収縮する。その崩壊の一瞬、泡の内部では圧力と温度が桁外れに跳ね上がる。研究チームの見積もりでは、崩壊の瞬間の泡の内部温度は少なくとも5000ケルビン以上、条件によってはさらに高くなる。これは太陽の表面温度、約5772ケルビンに匹敵する高温だ。あの「パチン」という音は、ハサミの接触音ではなく、この泡が崩壊するときの衝撃波だったのである。

さらに興味深いのは、この崩壊の瞬間にごく短い閃光まで発生していることだ。2001年に発表された研究では、泡が潰れるタイミングと発光のタイミングが一致することが確認された。極端な高圧・高温状態でなければ光は出ないため、この閃光こそが泡の内部が数千ケルビン級に達している何よりの証拠とされている。研究者たちはこの発光現象に「シュリンプルミネッセンス」という名前を与えた。液体中で気泡が崩壊し発光する物理現象自体はソノルミネッセンスとして物理学の世界では知られていたが、動物がその引き金を引く様子が確認されたのはこれが初めてだったという。

テッポウエビにとってこの一撃は単なる余興ではなく実戦的な武器だ。気泡の崩壊が生み出す衝撃波と圧力は、小魚やごく小さな甲殻類を気絶させたり絶命させたりするのに十分な破壊力を持つ。しかもこの一撃は特別な発熱器官も発光器官も使わず、ただハサミを閉じるという単純な機械動作だけで生み出されている点が驚異的だ。狩りのたびに、体長数センチの生き物が瞬間的に恒星の表面と肩を並べる温度を作り出し、それをそのまま獲物にぶつけているというのは、生物の武器としてはかなり突飛な部類に入るだろう。

ちなみに、

テッポウエビの仲間には、自分たちが生み出す衝撃波から頭部を守るための「ヘルメット」のような構造まで備えたものがいる。一部のテッポウエビでは、眼や脳の周囲を覆う外骨格の張り出しがあり、これは「orbital hood」と呼ばれる。2022年の研究では、この構造が衝撃波を弱め、取り除かれた個体では衝撃波を受けたあとに運動制御の乱れが見られることが示された。つまりテッポウエビは、ただ強力な衝撃波を撃つだけでなく、その反動や周囲の個体が放つ衝撃波に耐えるための防御機構まで進化させているのである。体長数センチの小さな甲殻類が、武器と防具をセットで備えているという点でも、この生き物はかなり異様な完成度を持っている。なお、群れで発するパチパチ音は海中ではかなり目立ち、テッポウエビの仲間は海の主要な騒音源の一つともされる。

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